(1)
「マズローさんの5段階欲求?」
光岡さんは、相変わらず食い付きがいい。
静かだった店内に声が響き渡る。
喫茶店ひまわりの閉店作業。
光岡さんと雑談の中で、ヒロとのエピソードを話していた。
「この前、習いました。日常生活の中でも使われるんですね」
「正確には童話の話だけどね」
「そうそう!実はマズローさん、5段階じゃなくて晩年、更に上の6段階だって言ってたらしいですよ」
覚えたての知識を伝えられて満足そうに微笑む。
「んでも、問題はマズローさんじゃないですね」
そりゃ、そうだ。
少し言葉を選びながら、光岡さんは続ける。
「そうですね。でも、ヒロさんの考え方も有りじゃないですか?自由を得る為の……」
「死を選ぶ事が?」
「その人の立場になって、考えていると思うんです。私も最良の選択とは思いませんけど」
なるほどね。僕の意見は、僕の性格を表しているって言ってたな。自分の視野の狭さを痛感。
だ・け・ど。
キッチンを片付けて、ひと段落。
「今月は学校の試験、公務員試験、レポート。違う意味で現実逃避したいって思う瞬間が、有りますね」
「バイトどころじゃないね」
「でも最低限、稼がないと。通信費、車の維持費だって、自分で払ってますからね」
「そこが、普通の?学生と違う所だね」
ご両親と学生となる時、取り決めがあったらしい。
「一回、社会人すると学生の良さが数倍、感じられますよ」
確かにね!
「でも、専門学校って、レポート、テスト、当たり前ですが遊ぶ暇が無くて。学校とバイトで毎日が過ぎて行きました」
光岡さんは、残念そうに顔をしかめた。
「まだ初夏じゃん就職さえ決まれば、遊べるじゃん」
「そうなんですよね。早く決まっちゃえば。夢の国に行きたいし美味しい物も食べに行きたい、あとライブにも行きたいんですよ」
「そりゃ、頑張らないとね」
「そうですね。バイトは、しばらく休みですね」
「帰り道でジュース奢るね!お疲れ様って事で」
「いいんですか、やったぁ!ありがとうございます」
「いちよう、社会人だからね」
「本田さんが社会人だってこと、たまに忘れます」
「だよね」
「光岡さんが休みとなると、鈴木さんと僕の出勤比率が上がるのかなぁ」
「松田くんが帰って来てるみたいですよ。お金が無いから、バイト入るって」
「彼も専門学校なんだけど、だいぶ違うね」
「そうですね」
松田くん、久しく会ってなかったなぁ。
(2)
松田 大希(まつだ たいき)20歳。
写真や映像関係の専門学校に通っている、喫茶店ひまわりのバイト仲間。必須アイテムはカメラと青春18切符。青春18切符を駆使して電車に乗って、撮影旅行&撮影がライフワーク。本人は、実習と言っているけどね。バイトに入って無いときは、出掛けてるって公言してるから、学校へ行ってる?不思議くん?
バイトで、早速一緒となった。
「お久しぶりです!本田さん!」
少し日焼けした?
いかにも、春の陽射しを浴びて来ましたって風貌は学生さんだなぁって再認識させられる。小柄で、愛敬のある語り口はバイトを長期間、休んでもクビにならない所以なのだろう。
「おはよう!松田くん!久々だね」
「本当に、久しぶりですね。GW以来ですか?」
「何処に行ってたの?」
「上越地方をフラフラしてました。妙高市から糸魚川市を中心に」
「良い画は撮れた?」
「どうですかね。今回は白黒にもチャレンジしてみましたが、デジタルじゃなくてネガなんでイメージ通りにはなかなか」
「学校は?」
「とりあえず就活優先ですね。学校に行っても得るものが無いので。でも通っていますよ。写真焼くのに暗室使いますからね!」
「そっか、就活は?」
顔がこわばった表情で理解できた。うまくいっては、いないらしい。
「希望職種の求人が少ないんですよ!」
心からの叫び。
「松田くんは何狙いなの?」
喫茶店は珍しくノーゲストなので、掃除をしながら雑談は続く。
「雑誌の編集者、カメラマンを狙っているんです。」
「それって新潟に求人が在るの?それこそ、関東の方が求人ありそうだね」
「新潟は無いですね、そもそも求人の絶対数が少ないですよ。」
なるほどね。
「それに雑誌っていっても、なんでもいい訳じゃないんです」
「そうなんだ」
「旅行雑誌の編集者に、なりたいんですよ」
「いろんな所に、行けるから?」
「それも在りますけど、厳密には僕の撮った写真を見て旅行に行きたいな。この場所に行きたいなって思って貰えたら、最高じゃないですか?そうゆう仕事がしたいですね」
なるほどね。いいね、そうゆうの。
「でも求人が無いんです。まだ下の兄弟が残ってるので仕事は絶対しないと。コレっていう仕事が他に見つからなくて」
「とりあえず就職してみて、休みの日に撮影する生活は?転職なんて当たり前の世の中だから」
「そう思っているんですが決定打が無くて。今度、合同就職説明会で探してきます。その後、今度は、信州に行きたいんです」
「土産話宜しくね」
「まずは活動資金を貯めてからですけど」
そう言って、掃除道具を持って奥へと向かって行った。
僕も9月に向けて稼がなくっちゃ!
カラン、カランと入り口の扉の鐘が響く。
「いらっしゃいませ!2名様で!全席禁煙席で、ございます。どうぞ、こちらの席へ!」
(3)
マズローさんの5段階欲求説。
(実は6段階欲求説では?光岡さん談)
③ 第三段階 社会的欲求(帰属欲求)
集団に属したり、仲間を求めるようになる。
この欲求が満たされない場合、人は孤独感や社会的不安を感じやすくなると云われてる。
社会的欲求が満たされれば……。
④第四段階 尊厳欲求(承認欲求)
他者から尊敬されたい、認められたい欲求。
尊厳欲求が満たされれば……。
⑤第五段階 自己実現欲求
自分の能力を引き出して、創造的活動がしたい欲求。
確かにヒロの言う通り、僕は高次元の住人で、マッチ売りの少女は初期の段階。その日暮らし、生きる事で精一杯ならば視野も狭くなる。極論は、この世界の何処かの内戦に生まれた子供と平和な国で生まれた子供では、まるで違う。
〜「僕の撮った写真を見て、行きたいって、なったら最高じゃないですか?」〜
松田くんなら、マッチ売りの少女どう思うのかな?
(4)
「本田ぁ!この現場、任せていいか?」
「いいですよ日野さん。次の箇所に進んで下さい」
一日の大半は、当たり前だけど昼の仕事。
昼の仕事は、取り付けたり壊したり現場仕事。ちょっとしたテクニックも先輩によって違う何とも奥が深い。極めるには時間がかかりそうだ。
だから面白い!
愛知時代はプログラマーだった。デスクワークからの転職。様々な仕事は経験してみないと本当の面白み、辛さは分からない。世の中には多くの業種で溢れている。コレって思える仕事?自分に向いている仕事、探すのは大変なのかもね?バイトは、プログラマー時代から行っていた。ストレス発散目的で、サービス業。全く違う業種を、昼と夜に行うことにより、上手くバランスが取れていたような気がする。
オンとオフ。
休みの日は、ヒロ達と遊んでいたな。
新潟でも、ライフスタイルは変えなかった。
あえて変える必要も無かったし、自分にはコレが会っていると思う。バイトを、辞める時は?
「本田ぁ昼ご飯に行こう!」
日野さんが午後からの準備を終えて、近づいてきた。
「ココを片付けてから行きます。先に戻って下さい」
「分かった!午後からも在るから程々にな!」
今日は、バイトの日。午後から深夜までの、仕事だね。
(5)
「おはようございます!」
今日のパートナーは松田くん。
「おはようございます!本田さん!」
週末のひまわりは大盛況。閉店までお客さんで席は埋まっていた。
「今日は忙しかったね」
「辛かったですね。これからテーブルのセッティングに行ってきます」
「はい、お願いします」
閉店作業、最後は洗い終わったスプーン拭き。
「本田さんは、週末バイトですか?」
「そうだねーー。夜、入ってるよ!」
「光岡さんがテスト期間ですから僕らメンズひまわりdayが続きますね」
「光岡さん、鈴木さん、松田くん、夜メンバーは、みんな最後の学生生活なんだね」
「社会人になったら、やっぱり違いますか?」
「どうなのかなぁ?僕は学生の頃と、そんなに違いを感じないけど。昼間に学校に行くか?仕事に行くか?じゃない?」
「そんなもんですかね」
あんまり僕の意見は参考にならないかも。心で思ったけど、口にするのはやめておいた。
「弟が今年大学受験なんです。僕は就職したら独立して欲しいみたいなんですね、親としては。いろんな意味で新生活になりそうですよ」
「自分の時間だね」
「撮影旅行の時は時間が足りないって思うんですけど。自分で御飯の準備って面倒くさいだろうなぁ」
「自分次第だと思うよ」
「本田さんらしいですね」
松田くんの可能性も無限大。答えって、一つじゃないって思っているよ。それ以前に、答えって何だろうね?本人には言わないけどね。
来年の春、皆んな何処で過ごしているのかな?
〜☆〜☆〜☆〜
余談&筆者つぶやき⑤
星になれたら
作詞 桜井和寿
作曲 寺岡呼人
喫茶店ひまわり、夜のバイトメンバーが、全員揃いました。共通しているのは、学生さんで就活ってコト。
社会人から再び学生をして就職を目指す光岡さん。何とかなってきたこれまで。そしてコレからも的な鈴木さん。若さ故の就活?好きなことをしている?松田くん。
夜のバイトって学生生活の一部って思うのは自分が学生時代バイトばかりしてたからでしょうね(しかも継続中)(笑)。
それでもバイト仲間との時間は、かけがえのない時間でした。
就職によるバイト離職はバイト学生のもう一つの卒業なんだろうなぁって個人的には思います。
就活って決まるまでは目標や目的が個々に在って、それぞれ答えが違うんじゃないのかな?ある意味、正解なんて無いのかも?
3人の今後に期待しつつ、頭の中で整理して行きます。私の頭の中でよく喋るんです、この3人。