ゆずれない願い (1995年 田村直美)


(1)

「おはようございます! 」
サービス業、豆知識。どんな時間帯でも挨拶は、おはようございます!
今日も喫茶店ひまわりは大盛況。

「おはようございます!本田さん! 」
今日のパートナーは、光岡真由(みつおか まゆ)さん。同じ頃に、バイトを始めた学生さん。一度社会人を経験しているからか? 僕とは話や感性が似通っているのかも知れない。身長は女性しては高い方なのかな? 1170センチ近くで、スラリとした、いわゆるキレイ系と云われる美人さん。
夢を叶える為に帰郷して実家暮らし。現在は保育の専門学校に通っていて、夜はバイト生活。ホールでの接客から、キッチン作業。全て出来るから大助かり。出勤予定表を見て、楽できる日だなあって、お互い言っている。

暗黙の了解で僕はキッチン、光岡さんはホール。
専門学校も3年目、今年は就職活動だ!

「本田さんはGWどうするんですか?」
ホール仕事を終えて、ひと段落したらしく、光岡さんがお皿の片付けを手伝いに来てくれた。

「今のところは昼間の仕事も休みだから、多分、バイトかな。光岡さんは?」

「私は就活ですよ!」

「まずは公務員狙っているんだっけ?新潟市内?」

「そうですね。新潟の実家から通える市立の保育園を受けます!でも……」

「でも?」

「本当は上京したいんですよね」

「東京?」

「一度、東京で就職して魅力を知ってますからね」

「なるほどね。でも最初は、新潟からなんだ?」

「やっぱり親の願いってのも有りますし、上手くいけば?新潟でも良いのかな?」
さすがに一度、社会人を経験してるだけあって、妙に現実的だったり、夢見がちだったり、迷えるところなんだろうなぁ。

「新潟市の公務員試験の技術者枠を受けて、それから関東の公務員試験も、受けてみようと思っているんです」

同じような試験だろうけど、着地点は全く違う。
仕事として保育園の先生を目指すのは同じだけど、仕事以外の時間・趣味の選択肢が多いのは、やっぱり東京なんだそうだ。
社会人は仕事の時間が、起きている時間の中で一番多い。やりたい仕事があって、余暇の時間も有意義な使い方が出来る。

それは確かに、充実した日々。

「本田さんは昼間の仕事は、何がキッカケなんですか?」

「うーん……定時が早くて、残業が無くて、週末休み。それと……」

「それと?」

「責任が無いコトかな?」

「話だけ聞くと休みが重要みたいですね」

「まぁ、バイトしてるから余暇は、そんなに無いなぁ」
話していると自分の矛盾に気がついて、ちょっぴり恥ずかしいね。

「以前から嫌いって言っている、マッチ売りの少女、努力してないですもんね」
ちょっと、いたずらっぽく彼女は微笑む。

「本田さんの嫌いなタイプが、童話の世界って、なんとなく、本田さんらしいですね」

「前も言ったけど、商品(マッチ)に手を出して(消費)生産性も無く、挙げ句の果てに現実逃避。そして翌朝、微笑みながら死んじゃってる。売れる努力したんかな?場所・売り方などとかさ。最悪、商品(マッチ)を消費して、どうする? 売り物が無くなり破滅的だし生産性も無い、それで死んじゃうんだよ」
最後の方は、ちょっぴり語気が強めだったかな?
だって、理解不能なんだ。

「少女だから、考えが浮かばないのでは?」

「初めて売りに行った訳じゃないだろうに。最初から……」
なんとなく、言葉を飲み込んだ、自分に気が付いた。

その後、お客さんも増えてきて、話は一旦、中断。

テーブルの片付けを終えて、光岡さんは思い出したように。
「そういえば、最近はマッチ売りの少女の話、保育の現場で使わないそうですね」

そうなんだ。

「教訓ものが多いそうですよ。時代なんですかね、人魚姫も可哀想ですからね」

なるほどね。
現場の声は重要だ。

「新潟の先人の教えってのが、流行ってるみたいですよ。今、レポートで文章を作ってるんです。子供達にも分かるように!」

「例えば、どんなものが?」

「先輩たちが残したものは、お米の品種改良の話だったり、日本最長の手掘りのトンネルだったり、洪水対策の話だったりですね」

面白そうな話だ。

「光岡さんのテーマは?」

「私は‘水の立体交差’の話ですね」

‘水の立体交差’⁉︎

「新潟市西区に、在るんですよ」

興味ありそうな顔が、滲み出てたのだろうか?
光岡さんは間髪入れずに。
「今度の休みに、現地調査しようかと思ってたんです!本田さんも、一緒に行きますか?」

「いいの?」

「予定が合えば是非!新潟のコト、知りたいって言ってたじゃないですか」

ちょっとマニアックな新潟話だけどね。
「よろしくお願いしまーす!」

「決まりですね」

ひょんなコトから、新潟観光が決定。

(2)

‘水の立体交差’

どうしても、合流する水路じゃダメだったんだろうな……。

お互いの休みの日は、割とすぐに在ったので、喫茶ひまわりで待ち合わせ。誰かと待ち合わせって、久々。待ち合わせ時間よりも、少しだけ早く着いてしまった。オシャレをするつもりは無いが、なーんかドキドキするね。

「ごめんなさ〜い、お待たせしました」
小走りしながら、光岡さんは申し訳なさそうに駆け寄ってきた。

「携帯の調子が悪くて、連絡も出来なくてごめんなさ〜い」
息を切らしながら、ちょっとだけ上目遣いで覗き込む光岡さん。初夏に似合う淡いブルーのブラウスで、普段見慣れているバイト服と違って……ちょっとだけ大人びて見えた。

「全然!大丈夫!」
一瞬、今日の目的を忘れるところだった。僕の車に乗り込んで、光岡さんのナビで目的地に出発!

(3)

‘水の立体交差’

新潟市内を通るバイパスを使って、新潟市西区方面へ。バイパスを降りて海岸線に向かう。住宅地の先に、それは在った。西区の主要道路、西大通りに掛かる〜梶尾大橋〜に平行して走っている鉄橋。
パッと見、線路の様に見える鉄橋が、〜西川水路橋〜。新川という用水路みたいな、大きな川の上を西川が交差する。
全国的にみても、珍しい光景。

やっぱり珍しいからか、橋の近くには歴史・機能などが紹介してある看板が存在していた。

「ではでは、私から水の立体交差について簡単に説明しまーーす」
ちょっと誇らしげに、リュックの中から小さなメモ帳を取り出し、看板の横で彼女は始めた。

「この立体交差が出来たのは江戸時代、文政3年です。西暦でいうと1820年なんですね」

「江戸時代?」

僕の反応が嬉しかったのか?更に得意げに見える。

「当時から上流部の大潟(大きな沼地)で、水害に悩まされていた人々。なので、大潟からの水を海に流したいって事で、新川を造ることにしたんです。でも、その経路には西川が在って。当時、西川は水運路・用水路として、とても重要だったんです。そ・こ・で!当時の最先端の技術を駆使して!西川と新川が交差する、立体交差が出来たんです。」

「迂回は出来なかったのかな?下の大きな用水路が後から出来た川なんだ。合流では、ダメなのかな?」

「待って、待って!本田さん」

慌てて?彼女が遮る……。まだ説明は途中だったのだ⁈
「えーと、何処まで説明しましたっけ?」

「水の立体交差が、当時の最先端技術で出来たって所まで……」

「そうそう!排水路としての機能と水路・用水路の機能が全然違うし、排水路は水量が急に増える事が有るから、分ける必要が在ったんです!」
僕の質問に沿う様に、光岡さんは丁寧に説明してくれた。それは小さな子供にも、分かるように。僕の目を見ながら……ゆっくりと。

ひととおり説明を終えて、お互いにハッと我に帰る。

「ご静聴、ありがとうございました」
ちょっと照れている様に見えるのは、僕の主観なんだろうか?

「ご丁寧に、ありがとうございました!」

大きな用水路の上を水路が通る姿は、知識を得る前と後では、違って見えた。同じ水の道なのだが、まったくもって、混じり合うことの無い、水の立体交差かぁ。

「ちなみに本田さん!」

「ん?」

「ココ、西区は有名なラーメン屋さんが、多いんですよ!」

「そっかぁ!じゃあ昼はラーメンにする?奢るよ〜」

「いいんですか?」

「観光案内の授業料!」

「やったあ!いろんな店舗があるんですよ」

早く、早くと言わんばかりに、彼女は僕の車に向かっていった。

ラーメン屋さんの話は、また後日。

〜☆〜☆〜☆〜

余談&筆者つぶやき

ゆずれない願い
作詞 田村 直美
作曲 田村 直美 ・石川寛門


大人になって、夢を現実に叶えている人って、僅かでは、ないですか?生活する為に、夢って何?
夢を見ない・見れない・特にない。これが現実?自分が、そうでした。

夢を無くしても、すぐに見つかれば、いいんですが、そうそう上手くいかないですよね〜。

子供の頃は、誰でも当たり前のように、夢は在りました。大人は、夢自体の存在が薄くなってないですか?

交わりやすい水。全く、交わらない水。高い方から低い方へ流れる水路は、自分を切り拓く裏テーマが在ります。

コレって決めたら女性の方が、一途っていうか、頑固っていうか(個人的見解ですよ!)

がんばれ!女の子ってテーマも含めて、後々、伏線に絡めていきたいな〜。

このエピソード、最初の方に入れたかったのは、光岡さんの夢、1つは同じで、2つは相反する夢。それと、新潟らしくて印象的な歴史遺産を、早めに絡めたかったからです。上手く?まとめれるかなぁって思っていますけどね〜。