【6】どんなときも(1991年 槇原敬之)

(1)

「あれっ? にっさん、おはようございます」
今日のパートナーは、松田くんだったはず。

「おはよう本田くん」
にっさんは喫茶店ひまわりの店長。
普段は朝から夕方までなので、夜には滅多に入らない。

「松田くんが低気圧でね。光岡さんと鈴木さんはテスト期間中でしょ? だ・か・ら・私!」

松田くんが低気圧?まつだくん?
松田 大希(まつだ たいき)くん?
たいき、たいき、たいき。そっか、た・い・き・(大気)の状態が不安定。

「じゃあ、にっさんはオープニング・ラストですか?」
開店から閉店作業までの労働時間の略称。オープニング・ラスト、ある意味ブラックな言葉。

「昨日連絡くれたから大丈夫。今日は昼間からの出勤にしたの」

ですよね。

にっさんの、本名は三菱 二子(みつびし にこ)。〜にこ〜ってコトで、にっさん。
本人がそう呼んでと言っているので、皆んな愛称で呼んでいる。店長と呼ばれるのも年齢が高く見られるから嫌なのだそうだ。僕よりちょっとだけ年上だったはず。

「最近、夜の売り上げも調子が良いし常連さんの評判も上々だよ。週末は特に」
さすが、にっさん。口も動くが手も動く。 スプーンの拭きあげが速い。

「そうですね。最近の週末は満席が多いです。滞在時間も長いので閉店作業が掛かりますね」

「提案なんだけど、閉店作業の一部を朝に持ってってみる?朝のスタッフと要相談かな?」

「あんまり遅くなるようだったら考えますか?夏に向けてイベントも有りますし」

「そうね!いろいろと考えて相談しましょう」

にっさんは、お店のコト、スタッフさんのコト、様々なコトにアンテナを張っている。
〜やっちゃえ!〜が信条なので動きも速い。
ひまわりが繁盛店なのも、彼女の手腕なのだろう。美人さんってタイプじゃないが、元気で愛嬌の在る彼女のファンは多い。

松田くんバイト入ってる日、多かったからか?ダウンしたのかな?学校や就活、大丈夫かな?

(2)

「ノーゲスト(お客様ゼロ)です!」
にっさんの声がキッチンに響き渡る。

「今日は割と早く終わりそうね。お疲れ様!」ホールの補充道具を携えてキッチンの様子を見に来る、にっさん。

「お疲れ様です!そうですね。キッチン作業も順調に進んでいるので早く帰れそうですね」

「明日は朝から出勤だから助かるわ」
にっさんは確認後、自分の作業に向かっていった。

そっか明日は通常通りなのか。早くキッチンを終わらせてホールの手伝いに行けるように頑張ろう。デッキブラシに力が入った。

「よしっ!終了!」
キッチンの除菌作業も終わり今日の作業は終了。

「にっさん、キッチン作業終わりました。ホールは手伝うコトありますか?」

「ありがとう!じゃあ補充と床掃除が残っているからお願いしようかな? 私はその間に日報を作って明日の朝ラクしたいから」
テーブルの砂糖などを補充しながら、にっさんは待ってましたとばかりに駆け寄ってきて

「お願いしまーす!」
キッチン奥の事務所兼、休憩所へと入っていった。

補充箇所はあと半分くらいか?
やっぱり、にっさんの作業は早いね!僕だったら、ここまで早くは出来ないな。流石だね。さぁ!片付けますか!

砂糖、紙ナプキンの補充終了。なかなか良いタイムじゃない?(いいぞ!いいぞ!)
床掃除、玄関マットの掃除終了。全体での閉店作業の完了時刻、新記録。(やったぁ!新記録!)本日の業務終了。

「お疲れ様でーす!終わりました!」

「お疲れ様!私も、もうじき終わるから待ってもらえる?」

「いいですよ。先にタイムカード押しちゃいますね!」

「私のも、よろしく!」

「了解しました」
タイムカードを押し終えて着替える為にロッカールームへ。

「本田くーん?今日は晩御飯あるの?」

「帰りにコンビニに寄りますよ」

「食べに行かない?」

「これからですか?明日も早いんでしょう?」流石にバイト終わりにガッツリ食べる気もないし、明日はお互いに朝が早い。僕の否定的な空気を読んだのか。

「そうね。また今度誘うわ」
残念そうな雰囲気がカーテン越しに伝わる。

「その時は是非。にっさんが翌日休みの日がいいんじゃないですか?」

「そうなると平日よ。本田くんは翌日仕事でしょ?」

「僕なら平気ですよ!」

「本田くんって出来た人だよね。彼女、本当に居ないの?」

「またその話ですか?居ないですよ」
にっさんと会うと3回に1回はこの話だと思う。

「不思議ね」

着替え終わった。さぁ話が長くなる前に帰りますか。

「彼女欲しくないの?本田くんって何歳だっけ?」

「質問は二つですか?」

にっさんは食い付いた?とばかりに、したり顔。

「28歳ですよ!彼女は縁があればいいですね」

「大人な回答ね。私は駄目ね」
凹む、にっさん。

「あれ?彼氏さんと何かあったのですか?」
確かにっさんは彼氏さんとは長いはず。同居してるんじゃなかったっけ?そういえば、晩御飯あるんじゃないのかな?

「なーんも、ないよ」
絞り出すような声。

パソコンの電源を切り、
「さっ、帰ろうか?本田くん明日もバイトだったわね。悪い時に誘っちゃったかな?」

「こちらこそ行けなくてスミマセン。また改めて御飯食べに行きましょうね!」

ちょっといつもの勢いが弱い気がしたのは気のせいか?いつもなら彼女紹介するとか、うるさいのに。

(3)

出張から帰ってきたパパはご機嫌。
やっぱり本田さんに会うとリセット出来るみたいね。前みたいに近くだといいんだけど。

「本田さんは変わりなかった?」

「相変わらずだったよ。向こうでもバイトしてた」

「趣味でしたっけ?バイト?」

「本人はそう言っているけど一人の時間が嫌なんだろう。バイトしてれば働いてたら考えなくて済むからなぁ」

「考えなくて。そうでしたね。アレから5年の歳月が過ぎたんですね」

「アイツにとってはまだ5年って言うさ。そんな感じだった」

「なんの〜おはなしぃ?」

ん?

「本田お兄ちゃんのお話。元気だったって陽登(ひろと)も会ってみたいね〜。」
ママはそう言ってキッチンへ片付けに向かった。

「パパとママのだいじなおともだちだねぇ」

「まだ会ったことがないね。ひろと、いつか会えるといいね」
子供はこんなに成長したぞ。お前はまだ見ていないんだな。サン!相変わらずだったので安心した。そして、まだ相変わらず自分が許せないのか?酒の席でオブラートに包んだが俺の考えは伝えたつもり。ソレはお前を追い込むつもりは無い。俺も、お前も、もう学生じゃ無いんだ。

〜「新潟に目的が在るのか?」〜
何処でも良かった……って答えが来なくて良かった。

新潟で何か?見つかればいいな!

(4)

「本田さーん!」

あれ?光岡さん今日はバイトじゃないでしょ?光岡さんは久しぶり。髪を少しだけ切ったように見えて髪も黒く染めたのかな?そっか面接対策なんだね。

「髪切ったんだね。ちょっと印象が変わったね」

「でしょ?就活ですからね」

「どうしたの?今日は?」

「バイトの出欠表を書きに来たんです。あとは愚痴を聞いてもらおうかと思って」
そう言って対面式カウンターの席に腰掛け、リュックは隣の席にちょこんと置いた。荷物を置くと同時に光岡さんは堰を切ったように語り出した。

「もう!説明会でも求人が合わなくて。新潟市内っていっても通勤距離に限界があるじゃないですか?範囲が狭いってゆーか。親は何気に私立はブラックだとか、何だかんだ言って東京は駄目だとか」

ちょっと言いたいコトが言えてすっきりしたのか?落ち着いて店内を見回した。

「お疲れ様。カフェオレにする?ミルクティーにする?」

「じゃあ、オーレ!」

温めたコーヒーカップにコーヒーと少しだけミルクを多めに入れたスペシャルオーレ。光岡さん仕様。

「お疲れ様。テストは?」

「ありがとうございます!テストですねピアノとかは問題ないんですが、児童心理とか落としたかも?追試って1教科5,000円取るんですよ!バイト入って無いからお金無いのにぃ!」しかめっ面でカフェオレのカップに一口。

「優しい味ぃ、しみわたるぅ」
穏やかな表情いつもの光岡さんだ。

「いろいろと同時進行だね。新潟の就活は上手くいってなくて、東京の就活も進んでいない。そして出費だけは止まらない。そんな感じ?」

「きれいにまとめないで下さいよ。整理したらそんな感じですけど」

「ごめん、ごめん。今年の夏は就活かな?」

「そうなっちゃうかも知れませんね。んでも、バイトは夜なのでペースは変えませんよ。就活っていっても公務員試験対策は何したらいいか分からなくて」

「なるほどね」

「今年も夏らしいことしないで終わっちゃうのかな?せっかく学生に戻ったのにぃ!」

「光岡さんがバイト入れ過ぎじゃないの?替わることは可能だよ?」

「そうじゃなくて、予定が無いってこと!」
もうっ!って表情で睨まれた。

そっか。
そうだ!

「光岡さん来月のバイト出欠を書きに来たんでしょう?一日空いている日ありますか?」

「何でですか?」

「笹川流れ行きませんか?村上の温泉地で足湯。それと温泉で手作り温泉玉子つくりませんか?」

「うーみー!温泉たまご?つくれるの?」

笹川流れとは新潟県北部の海岸線のコト。
村上市には有名な温泉地で様々な施設があるらしい。僕も情報誌でしか知らない知識。

「らしいですよ!一緒に気分転換しませんか?一日くらいなら大丈夫でしょ?」

「いいんですか?やったぁ!愉しみ。日程は?」

「光岡さんに合わせますよ」

「じゃあこの日」

「了解しました。その日までに旅の栞(しおり)作ってきますね!」

「しおり?本格的!」
ちょっと驚いた感じ?

「お出かけには必要じゃないですか?」
そっか、光岡さんは旅の栞(しおり)免疫が無いか。スタンダードな旅の栞にしようかな。

「光岡さんお疲れ様です!」
奥で掃除をしていた松田くんが帰ってきた。

「おはよう!松田くん!体調は大丈夫なの?」

「ご迷惑をお掛けしました。もう大丈夫です」
松田くんはそう言って事務所に入っていった。

忙しそうだな。

「じゃあ詳細は後日。バイトが一緒の日に話しますか?」

奥の松田くんが気になったので、光岡さんの話は一旦終了。

「どうしたの?」

「いやぁ奥の部屋の床が汚くて。ワックスが剥がれちゃったので対策しようかと思いまして」

「そっか、じゃあ奥の部屋がノーゲストになったら閉めて剥離剤使おうか?1時間してからワックス使えば明日の朝までには乾くだろうからね」

「分かりました」

そうこうしていると光岡さんが入ってきてメモ用紙を机の上に置いて。
「頑張って下さいね。お会計お願いします!」

「悩める学生さんからはお金は頂けないなぁ僕が奢るよ」

「いいですよ!愉しみも出来たし払います!」

「じゃあ社会人になったら奢ってもらうよ」
返す言葉がなさそうな表情。

「ご馳走さまです!」
屈託のない笑顔を残して帰っていった。
バイト出欠表には一日だけバツの日。

「じゃあ松田くん、光岡さんの会計お願いします」

(5)

「おはようございます鈴木さん」
今日のパートナーは鈴木さん。
セミロングだった髪をバッサリ切って黒髪に戻し、こちらも就活仕様。

「おはようございます!本田さん!」
良かった、鈴木さんは元気。

「本田さん、私、絶賛人生模索中ですよぉ」

なんだって鈴木さんもですか。

「現実って厳しいですね」
珍しく弱気。ってゆーか鈴木さんの本気な弱音、初めて聞いた気がする。

「お店が落ち着いたら聞くね」
初夏のかき氷セールが大当たり?今日ばかりは、ちょっとばかり、にっさん、勘弁して状態。結局閉店まで話す機会が皆無。

たまに弱気な発言をする鈴木さんだけど、その発言は常にゆとりが感じられる発言。鈴木さんの本質なんだろうと思っていた。だけど今日の発言は聞き逃しちゃ行けない、そんな雰囲気だった。

「お疲れ様、当たり日だったね。今日のショッピングモールの感謝デーを舐めてたよ!」

鈴木さんもグッタリな様子。

「お疲れ様です。そうですねやっぱり違いましたね」

洗い終わったスプーン拭きまで、ちょっぴりペースが遅い感じ。

「テストはどうだった?」

「テスト自体は問題無いと思います。あとレポートが2つで終わりですね」

そっか。学業だけでも問題を抱えて無くて良かったな。

「そのかわり」
か細く語尾が消えそうな声だった。

「ん?」

「そのかわり就活が上手くいってなくて、説明会もガッツリ体育会系を採るっ言われちゃって。一次試験もダメで甘くないですね」

「新潟県?」

「そうですね。通える範囲って思って中越地方まで触手を伸ばしたんですけど」
小さなため息ひとつ。
本当に無意識なため息で、触れたら倒れてしまうんじゃないか?そんな風に見えた。

「仕事なんてさ。入ってみなきゃ分からないコトが多いよ。いろいろ在るんだし、まだまだ説明会に顔だしてみたら?案外、面白そうなのが在るかもよ」

「そうですね。民間も探してみます。私、社会人、出来るか不安なんですね」

「向き、不向きは人それぞれだからね。就職してみて合わなかったら次を探せばいいんじゃない?これからのメインの時間を過ごす訳だからね」

「はいっ」
か細い消えそうな声。そんな不安そうな感じを必死で隠す素ぶりを見てしまうと。光岡さんの様に愚痴を吐き出すタイプじゃないから余計に心配。何とかなると思うし、もっと自分に自信を持ってもいいと思うんだよなぁ。
それも性格の違いだし、自分の価値観を押し付けるのも何だかな。

「僕でよかったら愚痴?いつでもどうぞ。言って楽になるなら何なりと」

「ありがとうございます」
ちょっとだけ微笑んでくれた。
彼女なりに無理をした笑顔だったけど。

「大丈夫!就活なんて命までは取られないんだから」

「そうですね」

もうひと押しかな?

そうだ
「8月この日、鈴木さん空いてますか?」
光岡さんと出掛ける日を提案してみた。

「ごめんなさい。その日は用事が在るんです」

「そっか残念だけどしょうがないね。気分転換に誘ったんだ。また次回だね」

「次回って例えば?」
おやっ?この話はココで終わらせるつもりだったけど珍しく食い付いたなあ。そうだよねぇ気分転換したいよね。光岡さんは海だから……。

「例えば9月。山にキノコ狩りに行きませんか?ついでに山の伏流水でカルピスを味わうとか?」

「キノコ狩り?行ったことが無いです。カルピス作るんですか?」
うん!いつもの笑顔だ!

「カルピスの濃さは特別にツーフィンガーオーケーだよ!」
鈴木さんの目の前で人差し指と中指2本を倒して濃さをアピール。

「行きたいです!本田さん!」

「決まりだね。9月の予定は?」

「今のところ、この日とこの日が空いてます。あっでも就活が入るかも」

「そうなったらもちろん就活優先だよ。とりあえず予定日この日はどう?」

「分かりました」

「イベントの栞(しおり)作らなくちゃね」

「しおり、ですか?」
鈴木さんも免疫が無いようだ。

「キノコ狩りの日、愉しみが出来たのでいろいろと頑張れそうです!ありがとうございます!」

一日の最後に、こちらこそいい笑顔で締めくくれました。

ありがとうございます。愉しみが在るから、頑張れる!だから、みんな頑張ろうね!

〜☆〜☆〜☆〜

余談&筆者つぶやき⑥

どんなときも
作詞 槇原敬之
作曲 槇原敬之


〜☆〜☆〜☆〜

やっと主要キャラクターが全員出ました。
やっちゃえ!にっさん。の登場で。この先は皆んなのストーリーが進みます。

構想上やっと半分くらいかな?
(スピンオフは別)

いろいろとあっちこっちで話が飛びそうですが最後まで駆け抜けたいなぁ。あくまでも作り話ですが、参考にした体験は多数在りました。今後は新潟の下越地方を絡ませながら進めて行くつもりです。実際に見て、経験して、感動したり、個人的には現実だったのか?お話だったのか?混乱してしまいそうです。松田くんじゃないけれど?僕の書いたお話で現地に行ってみたいって思ってもらえたら嬉しいですね(いわゆる?聖地巡礼みたいな!)

お付き合いください

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